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LOGICMA

僕の思想とミニマリズムとライフハックを垂れ流す自由なブログ。

嫌いな人は「論破する」よりも「転がす」ほうがいいと思う。

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はじめに

久しぶりの更新です。

今回は人間関係・人付き合いの話です。

 

人間、生きていると自分と意見の合わない人に遭遇することがあります。

僕はそういう人に会った場合、何とかその人の考え方を理解しようと必死になっていたんですけれど、自分と違う考えを理解するのは非常に大変なことです。

 

 

それに、議論が活発になりすぎるあまりに、話の本筋とは関係ない口論が発生してしまうこともしばしば。こうなると本末転倒で、相手を理解するどころではなくなります。

 

そこで僕はある時から相手を理解し、論破するのではなく、相手を受け流し、自分の望む方向に転がすことのほうがストレスなく生きていけるんじゃないかと思い、実践してみると、すごく気持ちが楽になったので紹介します。

 

世の中には自分と違う人がいる、という前提

 

まず大きな前提として、自分と全く同じ考えの人はこの世にはいません。

生きている人間である限り、違うところはいくつもあるはずです。

 

だから、議論で複数人の意見やその人の物事に対する考え方を一致させようとするのは、非常に無理のあることなのです。

 

人と話すときは、まず意見はまとまらないだろう、ぐらいの気持ちで臨む方がいいのかもしれません。

 

「論破」は誰も幸せにならない

 

議論の場で、相手を「論破する」ことに必死になっている人がよくいます。

 

しかし、「論破」の先にあるのは論破した人の小さな満足感だけであり、

論破された人がそれによって考え方を改めることはそれほど多くありません。

 

「論破」という行為は、その組織全体でみればほとんど得のない無駄な行為であり、組織のことをきちんと考えられる人間は「論破」ではない別の方法で組織を良い方向に持っていこうとするはずです。

 

相手を上手に「転がす」技術

 

そこで僕が重要だと思うのが相手を「転がす」技術。

 

相手を自分の目的の結論に上手に「誘導する」技術と言ってもいいでしょう。

 

相手には気づかれないように、言葉巧みに選択肢を制限し、自分が持っていきたい結論に相手の意思を持っていくことが最終目標です。

 

「論破」しても動いてくれない相手でも、「転がした」場合は自分の意志で選んだように感じられるので、首を縦に振ってくれることが多いです。

 

何より、こちらのストレスも少なく済むことが多いです。組織全体としても誰かが意見を曲げたわけではない(ように見える)ため、平和的ですね。

 

まとめ

 

僕自身、前まで相手を「論破する」ということに必死になっていたのですが、理詰めじゃない部分や、論破しても意味のない場面を知ることによって、「論破」は社会的にあまりいい意味を持たないことを感じました。

 

それからは、相手を上手に「誘導する」ことを念頭に置いて議論を続けているので、組織も上手に動かせるし、僕自身のストレスも少なくなりました

 

「論破」に疲れた人は、一度そのあたりを意識してみてはどうでしょうか。

 

以上、「嫌いな人は「論破する」よりも「転がす」ほうがいいと思う。」でした。

 

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